東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)218号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、引用例(これが本件考案の実用新案登録出願前に頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)の記載内容、本願考案と引用例記載のものとの一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであることは、原告の自認するところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は本願考案と引用例のものとの相違点についての判断、解釈並びに周知事項についての認定を誤つたほか、本願考案の顕著な作用効果を看過し、ひいて、本願考案をもつて、引用例及び周知事項に基づいて極めて容易に考案をすることができるものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべき旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。
1 前記当事者間に争いのない本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の二(本願考案の明細書及び図面)を総合すれば、本願考案は、マーク等を着脱自在に取り付けることができるとともに、氏名等をも記入できるようにした水泳帽に関する考案であつて、従来、帽体の一部にベルベツト式フアスナーを設け記章等の表示物を着脱自在に取り付け得るようにしたものはあつたけれども、フアスナーの機能はその表示物を付着するだけのものであるため、例えばその表示の一部を変更し、他は変更を要しない場合であつても、当該表示物の全部を取り替える必要があり、また、この場合、帽体のフアスナー部を大きくして複数の表示物を附着し、その一部を随時交換することもできるが、水泳帽についていえば、表示物が水泳中離脱することがなく、また、その表示は他と区別するためできるだけ大きい方が良い場合もあるから、右の方法では表示物が複数個となる点で不都合を生じ、しかもフアスナー部が広くなるからそれだけコスト高となる欠陥があつたところ、本願考案は、このような欠点を解決することを目的とし、本願考案の要旨のとおりの構成(本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載と同じ。)を採つたものであつて、この構成を採つた結果、ベルベツト式フアスナーにより帽体に表示物を着脱することのできる部分と直接書き入れることで恒久的表示をなすことができる部分とを同一のパイル地に施すことが可能となり、従来のようにベルベツト式フアスナーのメス型を使わないから、経済的効果が大きいという作用効果を奏するとの記載があることを認めることができる。原告は、本願考案にいうパイル地は、綿などの天然繊維から成るタオル地等に使用されるもので、表面にループを形成しないいわゆるカツトパイル地を含み、ベルベツト式フアスナーのメス型そのものと解し得ない旨主張するが、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、パイル地とは、ビロード、タオル、コール天、パイルを有する編地など、表面に多数のループを形成するものと、ループを形成しないいわゆるカツトパイルの二種類があるが、構成繊維の種類、用途を特定するものではなく、したがつて、天然繊維に限らず、合成樹脂から成るものも含まれるものと認められるところ、前記本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「パイル地」について、(一)その一部にオス型のベルベツト式フアスナーからなるテープ、マーク等の表示物を着脱自在に設け、(二)他の部分に直接表示を記入できるようにする旨の記載があるのみで、本願考案の明細書の「考案の詳細な説明」の項及び図面(前掲甲第二号証の二)を参酌しても、パイル地を天然繊維に限定する趣旨の記載はなく、また、直接表示の記入に関しても、天然繊維に限られるべき理由も認められないから、本願考案のパイル地は天然繊維はもとより合成樹脂より成るものをも含むものと解すべく、また、本願考案のパイル地は、前認定のとおりベルベツト式フアスナーのオス型を係止する機能を有するものである(この点は、原告の認めるところである。)ところ、カツトパイルのふさでベルベツト式フアスナーのオス型を係止することは技術常識上困難であることは明らかであるのみか、前掲甲第二号証の二の本件考案の明細書及び図面にもこの点について何ら触れるところがない点(技術常識を克服し、従来にない作用効果を挙げ得たものであれば、この点についてその構成及び作用効果を明記すべきである。)からみて、本願考案にいうパイル地はその表面にループを有するものを指すものとみるのが相当である。そうであるとすれば、本願考案のパイル地(2)は、原告主張のように合成樹脂から成るものを除外するものではなく、ベルベツト式フアスナーのオス型を係止する機能を有する表面にループを形成したパイル地を指すものというべきである。そして、ベルベツト式フアスナーが鉤状のオス型を表面に有する布地とループ状のメス型を表面に有する布地とから成るものであり(このことは、原告の認めるところである。)、右ループを有する布地が前認定のパイル地の定義から明らかなとおりパイル地に属するものであること、及びその布地の果たす機能に照らせば、本願考案のパイル地は、ベルベツト式フアスナーのメス型そのものと解するのが相当である。したがつて、本件審決のこの点の判断には誤りはなく、原告の右主張は、採用することができない。
次に、原告は、ベルベツト式フアスナーを布地に対する着脱手段として用いる際、オス型の面積に比べメス型の面積を広くして用いることは周知でなかつた旨主張する。しかし、ベルベツト式フアスナーを布地に対する着脱手段として用いることが本願考案の実用新案登録出願前周知事項であることは原告の自認するところ、その際メス型の面積をオス型の面積より広くして用いることは、程度の差であつて、技術的常識の範囲を出ない周知の事項というべきものであつて、成立に争いのない乙第二号証の一、二、第三号証及び第四号証に照らしても、これを肯認し得るところであるから、原告の右主張も採用の限りでない。
更に、原告は、本願考案は、引用例記載のものに比べ、顕著な作用効果を奏する旨主張し、その効果として<1>本願考案のパイル地は吸汗性及び通気性が極めて良く、表示物を反復着脱しても帽体から離脱することなく、長期に使用できること、<2>氏名等の直接表示が容易で、消えにくく、使用により不鮮明とならないこと(合成樹脂製の基布の場合のように透明フイルムの接着を要しない。)、<3>ベルベツト式フアスナーのメス型を使用せず、安価であることを挙げるが、右<1>のうち、本願考案のパイル地が吸汗性及び通気性が良好であるとの点は、パイル地がタオル地等天然繊維から成るものであることを前提とするものであることは明らかであるところ、前認定のとおり本願考案のパイル地をこのように限定的に解し得ない以上、右効果を認めることができず、また、表示物を反復着脱しても長期にわたり離脱することなく使用できるとの点は、前認定の本願考案の作用効果に照らし、本願考案に特有の格別の効果と認めることはできない。また、右<2>及び<3>の効果も、前記のとおり、ベルベツト式フアスナーを布地に対する着脱手段として用いること、及びその際オス型の面積に比べメス型の面積を広くすることが周知の事項に属し、かつ、本願考案のパイル地が前示のように解されるべきものである点を総合すれば、前記引用例記載のものから極めて容易に予測し得るものであつて格別顕著なものとみることはできない。したがつて、原告の右主張も採用することができない。
2 叙上認定説示したところによれば、本願考案は、引用例記載のものと前記各周知事項に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認めるのが相当であつて、本件審決のその旨の認定判断には、誤りはないものというべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
帽体(1)にパイル地(2)を施し、該パイル地(2)の一部に、オス型のベルベツト式フアスナーからなるテープ、マーク等の表示物(3)を着脱自在に設け、同時にパイル地(2)の他の部分に直接表示(4)を記入できるようにした水泳帽。